「まちのはんこ屋さんです」と、にこやかに話される増澤さん、三代続く印章店で、祖父や父の仕事を見ながら育ったという。
学生時代から技術講習会へも通い、「自然にこの世界に入った」とも。
印章彫刻には大きく分けて、木口とゴム印がある。
木口は、柘は牛角に彫るもので、ゴム印は天然ゴムなどの板に彫るもの。
各種機械彫りが大勢の昨今、増澤さんは、機械では表せない人間のぬくもりを求め、手彫りにこだわる。
お客様のその人らしさ、雰囲気が出せて、「頼んでよかった」といわれることを何よりの励みとする。
そのため注文は出来るだけ対面で受け、お客様のとの会話の中で、字形、構成のイメージを探り、使う目的を考え、手彫りの深さ加減などに生かす。
得意とするのは、ゴム印の手彫り。
以前は手形印などに多くの需要があった手彫りも、今や扱う人は極めて少ない。
ゴム印は軟らかいので、硬い材質より刃物の切れ味を求められ、彫り直しもできないが、その分完成時の喜びは大きいという。
精緻な文字と洗練されたデザインで、押し味のよいスタンプ印は、皇居東御苑や正倉院など著名な施設でも使われている。
さらにゴム印密刻にも卓越している。
例えば、36㎜角の中に字形の異なった「福」の字を100字刻む細密なもの。
漢字文化の研究に通じた、芸術的な仕事だ。
でも、「芸術的な仕事は職人としての勉強のためで、あくまで日用品の職人でありたい」という増澤さん。
日々の刃物の手入れに、道具や作業台を使いやすくする工夫なども積み重ね、ストレスの少ない仕事環境を整えて、お客様の注文に応えていく。
※「広報 東京都」平成28年(2016年)7月1日 第851号「東京マイスター」より転載。