「ようやく安住の地を得て、さらに本腰を入れて印章彫刻に打ち込もうとしたとき、ふと、これまで習得してきた技術に限界を感じました。
ある寺院から角印のご注文をいただいたことがきっかけでした。普段彫刻している、直径わずか15㎜の実印や銀行印とは、一辺の長さが約3倍、面積は約10倍もの45㎜角の印章でした。仕上りはなんとも収まりが悪く、納得もできませんでした。
「もっと大きな印を美しく彫る技術を身につけたい」「文字の専門家として、その成り立ちを深く勉強したい」
そんな思いに駆られ、厳しい修業を覚悟の上で、平成18年(2006)、篆刻の世界に足を踏み入れました。
篆刻作品はとにかく大きいので、たった1本の線をなおざりにしただけで無様な仕上りになります。二千年前の中国の学者が叡智を絞って創り上げた文字ですから、現代のわれわれも、その思いをしっかり受け止めて真摯に学習し、1本1本の線を精魂込めて、全精力を傾けて彫らねばなりません。
幸いにしてこの世界に入って2年目で日展に入選することができ、そこから3年連続で入選を果たしました。
しかし篆刻の世界は実に奥が深く、追求すればするほど課題や謎が次々と目の前に立ちはだかってきます。その難しさに、今ではすっかりその虜になっています。
かといって私は専業の篆刻家になろうとは思っていません。篆刻はあくまで技術の研鑽が目的で、生涯が勉強です。